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マルヨフェニックス&ミツアキタービン

ついに始まりました 『スターホースへの夢 ~地方からのチャレンジ~ 

このコーナーでは、旬な情報を関係者のコメントや注目馬の近況、苦労話や秘話、楽しい話題などを通じて笠松競馬関係者の熱い馬作りをレポートしていこうと思います。

初回は、今年のJBCクラシックで地方馬最先着を果たしたマルヨフェニックスの近況、そして先日引退したミツアキタービンの関係者のここだけ話をお伝えしようと思います。

~マルヨフェニックス~
一流どころと対等に渡り合い、地方馬最先着の5着でゴールしたマルヨフェニックス、レース後の状態を柴田調教師に聞いたところ、「故障も疲れもなく、ケロッとしていた」とのこと。レース直後から通常の調教を進めているそうです。

  
  
今度、出走を予定している報知オールスターカップまであと10日、様子をうかがってみると、「順調にきているね。地方所属馬同士のこのレース、もちろん勝ちに行くつもりだよ。」と力強いコメントをいただきました。

報知オールスターカップは2100mの左回り。昨年出走したときには4着でした。
過去にはシノブホマレ(05年9着)、レジェンドハンター(同10着)、エイシンハリマオー(同11着)、クインオブクイン(07年8着)、ミツアキタービン(08年5着、09年8着)、トミノダンディ(08年8着)と、残念ながら掲示板に載ったのが2頭のみ。
ただ、今のマルヨフェニックスは以前とは比べ物にならないくらい強くなっています。今度はファンの期待に応えてくれることでしょう。

~ミツアキタービン~
続いて、ミツアキタービンの引退式後の様子を少々。
今年8月のくろゆり賞を最後に現役を退いた同馬。引退式では、3か月ぶりにファンの前に元気な姿を見せてくれました。
引退式の後、厩舎へ取材に伺ったときもすこぶる元気で、ときおり吉沢厩務員に甘える素振りも。

     
「デビュー前から脚元に不安を抱えていて、笠松の認定レースには間に合わなかった。で、当時認定レースが残っていた上山でデビューして、認定競走を勝って笠松に来たんだ。そんな馬がよくここまで走ってくれたなぁと思ってね」と話してくれた吉沢厩務員。
加藤健厩舎にいたときからずっと一緒で、加藤健調教師が引退したときには、担当馬と一緒に田口厩舎へ移籍。
「本来は(他の所属馬もいる)円城寺(厩舎群)に行かなきゃならないんだけど、長年ここ(薬師寺厩舎群)にいたから動きたくなかった。で、ここにいてもいいんなら(田口厩舎に)移籍するよって言ったら『それでいいよ』って」と、裏話も明かしてくれた。
「こいつのおかげで、いろんなとこも行かせてもらったし、勝たせてもらったし、ホントこの馬には感謝してる。こいつは、何やるにしてもおとなしいし、甘えん坊だし。こんなに走るようになるとは誰も思ってなかった。勝己(当時笠松所属だった安藤勝己騎手)も、他の乗り役も誰もね。フェブラリーSの後、勝己が『走るなぁ』って言ってくれた。長年やってるけど、こんなに走ってくれる馬にはそうそう会えないからねぇ。あとは、今やってる4頭にがんばってもらおうかね」と笑顔で話してくれた。
「家の嫁さんにタービンがなついていてね、でも今日は来てないんだ。別れがつらいって、泣いてしまうからってね。」

  
  
旅立つ前、厩舎前の洗い場で最後の手入れをする吉沢厩務員とミツアキタービンの、無言ながらも二人だけの最後の会話をしているような姿と静かにその姿を見つめる田口調教師の姿が印象的でした。
   
  
馬運車に乗る際、いつもの様子と違う事を感じ取ったのか二度三度立ち止まったミツアキタービンも、田口調教師や吉沢厩務員にうながされると、納得したのか乗り込んでいきました。
     
そして、12月11日夜、一日降り続いた雨も小康状態になったころ、ミツアキタービンはけい養先となる北海道のミツアキ牧場へと旅立っていきました。

今度は、いい産駒を輩出してもらって、笠松に送り込んでもらえないものかなぁと思う。その時は、是非、田口調教師・吉沢厩務員の下で、父親以上の活躍を期待したいものです。
お疲れさまでした。いつまでも元気で・・・。
                                                                           (2009.12.22 坂本千鶴子)

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