News&イベント
トップ > その他のお知らせ > ミツアキサイレンス号 引退のお知らせ
ミツアキサイレンス号 引退のお知らせ
笠松競馬所属 粟津 豊彦 調教師 管理馬 ミツアキサイレンス号は、平成18年9月18日付で引退しましたので、お知らせします。
なお、ミツアキサイレンス号は今後、故郷で種牡馬として活躍する予定です。
○勝鞍 <60戦13勝>生涯成績一覧はこちら
○表彰歴等
・NARグランプリ '00(サラ系3歳年度代表馬)
・岐阜県地方競馬組合表彰 '00(3歳代表馬)、'01、'02(4歳以上代表馬)
●地方収得賞金295,310,000円
中央賞金及び付加賞金を合わせた合計 330,532,000円
※笠松所属の引退馬の中では収得賞金歴代1位
<参考:第2位→ハカタビッグワン号 214,433,500円>
●ミツアキサイレンス号
生まれ :’97.4.20生、牡9歳・鹿毛
馬 主:山本 光明
厩 舎:粟津 豊彦 調教師
生産牧場:広川牧場(北海道沙流郡平取町)
血 統: 父 エイシンサンディ 父の父 サンデーサイレンス 父の母 エイシンウイザード
母 ユウコウターナ 母の父 ターナボス 母の母 ユウコウルビー
★粟津 豊彦 調教師のコメント
ジョッキー時代から山本オーナーにお世話になり、そのオーナーを通じてサイレンスと出会え、後にも先にも出ない馬と一緒に調教師生活を過ごせた。血統が実績のない「エイシンサンディ」の産駒だったが、デビュー戦の1400mを1.29.4で勝ち、2戦目も1.28.9とタイムを詰め、スピードがありこれは違うと感じた。
一番印象に残っているレースは、初重賞となった兵庫チャンピオンシップ(GⅢ)。このレースに勝ったことで、後の自信につながった。日本中のどこの競馬場でも強い精神力で、平均した好成績を残しているすごい馬だ。
オーナーとの出会い、スタッフとの出会いが、サイレンスの思い出です。種牡馬として活躍し、「ミツアキサイレンスの子」の姿が活躍するのを願っています。
★企画広報課より
1997年から始まったダート競走の格付けにより日本のダート競走はダート優秀馬の選定という明確な目的を持ち体系付けられてきた。
ミツアキサイレンスはこの黎明期にデビューし、まさにグレード競走の申し子として笠松けいば所属、いや地方競馬の代表として、あまたのダート巧者と共に全国のダート走路を時にはターフさえも物ともせず疾走した。
2000年(3歳時)兵庫チャンピオンシップ(GⅢ)優勝、ダービーグランプリ(GⅠ)2着JRA中日新聞杯(GⅢ)3着とシーズンを通しコンスタントにアウェイで活躍したことが評価され2000年NAR最優秀3歳馬としてNARグランプリ表彰を受け、地元笠松でも2000年から3年連続で本組合優秀馬として表彰を受けている。
特に2000mを超す競走に際だった好走をしたサラブレッドとして多くのファンを魅了してきた。
ミツアキサイレンスの最後の戦いの場は2006年2月、過去連覇した佐賀競馬場のチャンピオンディスタンス佐賀記念(GⅢ)となった。競走中に発症した右前種子骨骨折は帰厩後に判明し結局完治することなく引退への道を早めた。
君からDNAを受け継ぎ進化した駿馬がここ笠松へ戻って次世代のスター街道を歩み始める日を待とう。そのため別れは言うまい。
デビューから引退まで笠松で育ち過ごしたミツアキサイレンス。
いつまでも元気にチモシーの草原を駆け、君が偉大なスタリオンになることをへの思いを、君のいなくなったパドックを眺めながら遠く笠松から送り続けよう。
ありがとう ミツアキサイレンス、そして ご苦労様。
